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6枚つづりの手紙 part1

今日、お父さんから加古川に移って初めての手紙が届きました。
やっと便箋が届いたそうで、とても丁寧な字で6枚にお父さんの思いがつづられていました。

全部書きたいとこなんですが、印象深い文を載せたいと思います。

受刑生活を始めて早一ヶ月が経ちました。まだまだ慣れませんので不安な事が多い今日です。
面会の件ですが、一ヶ月もたたない間に三回も面会に来る人は初めてですと言っていました。(刑務官の方が言われていたのかな・・?私たちからしたら少ない方なんですけどね。)
大事にされている。本当に有り難いことです。

今現実に思うのに、一般社会においては普通に過ごしてきたことも、刑務所生活を体験して初めて分かったことですが、何と贅沢な生活をしていたんだなとつくづく思います。
私は家族の温かさ、皆さんからいかに大事にされていたことでしょう。

受刑生活からまだ一ヶ月ですが、実感しています。普段の生活では何の事もないのですが、自由はなく、常に監視されている。もちろん犯罪者ですから当然ですが、私はと言いたいのですが、刑務所に入った時から罪を犯していないとか、冤罪とかはここでは禁句。絶対言ってはいけない言葉です。
今振り返って思うのは、2006年11月6日に検察庁に呼び出され指紋を押収したことで、現実にここにいるんだと受け止めることにしています。

(ここで棄却の通知が来てから家族との思い出の日々を書いてます。)
本当に家族には難儀を掛けたね・・おとんがもっとしっかりしていれば、このように家族に辛い思いをかけないですんだと思うと残念と言うより、皆に言葉がかけれません。
あやと二男が帰ってきた晩も、長男の友達が来て宴会をしてくれましたね。あやがすぐに飛んできて抱きついてきて泣いたことは忘れられません。ダメなおとんでごめんね。

お母さんには本当辛い思い出ばかりで申し訳なく思います。
もっと楽しい事を書きたいのですが、あまりにもこの三年間は大変でしたのでお母さんにかける言葉もありません。本当に苦労掛けましたが、お母さんは私に一言も愚痴や能書きは垂れず、いつも励ましてくれましたね。私は逆に辛かったです。もっと厳しく行ってもらえれば・・。
しかし一番私の事を知っているのはお母さんですから、言いたいことも我慢して、おとんを優しく包んでくれたのでしょう。
私の口癖は、お母さんに「いつかはいい時が来るから我慢して頑張っていこう!」と言ってましたが、最悪の結果になってしまい、本当合わす顔がありません。

今度受刑が終わり出所した時には、もう少しはしっかりした晴さんをみてもらえるように、頑張って強い人間になりたいと思います。
受刑生活の中で、一日一日何かを見つけ、一歩一歩前向きに前進するのみです。


・・ここまでが3枚目までに書かれていた内容で、読んだ時にもお母さんと涙したんですが、
打ちながらもやっぱり泣いてしまいました。
長くなると皆さんも読むの疲れるので、続きはまた明日打ちたいと思います。
見ていただいてありがとうございました。

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加古川刑務所にて

 お父さんが高知刑務所から別の場所に移されたのが11月11日のことでした。その日から何の連絡もないので、私達は不安で心配な日々をすごしていました。でも我慢できなくなって、高知から一番近い交通刑務所へ、そこにお父さんがいるかいないかもわからないけど、とにかく会いに行ってみようという事で、昨日兵庫県の加古川刑務所へいってきました。支援する会の会長さんが、私と母を乗せていってくれました。

 朝7時に出発して、途中の車内。行っても居るかいないかもわからないし、居たとしても会えるかどうかもわからない。でも、お父さんの話をしていると会いたい気持ちはつのる一方でした。片道4時間半をかけて刑務所に着きました。その時の印象は全然刑務所という雰囲気もなく、自衛隊の駐屯地といった感じに似ていました。(弟が自衛隊に居るのでよく行っていました)

 時間がお昼だったので、食事をしてから面会手続きをすることになりました。面会申し込みの方法は高知の時と同じでしたが、申込書を渡す時に、ここにお父さんが居なかったらどうしようと不安でした。

 番号札をつけて、面会待合室に向かいました。そこはとてもきれいな建物で、まるで病院の待合室のような雰囲気でした。そこで待っていると私達3人は別室に案内されました。会議室のようなところへ案内されて、刑務所の方からいろいろと説明を受けました。

「せっかく遠いところから来られたんですが、高知に居る時に一度娘さんと奥さんは面会しているので、11月の面会は今日が最後となります。また、片岡さんはこちらに来られてから間もないので、友人の方(会長さん)は面会できません。片岡さんはこちらに居られますので、元気な顔を見て帰ってください。」と言われました。

 お父さんはここに居るんやと言う気持ち、会えるという気持ち。そして、遠くまでつれてきた来てくれた会長さんが会えないという申し訳ない気持ちで涙がこみ上げてきました。

 待合室に戻り、30分くらいすると私とお母さんの番号が呼ばれ、面会室に入りました。お父さんは丸坊主にした自分の頭をかきながら恥ずかしそうに面会室に張ってきて、椅子に座りました。
「どうやってここまで来た?遠かったやろ?」など、私達が面会に来たことをとても驚いていました。目に涙を浮かべながらもうれしそうでした。「どうしてここがわかった?」ときかれたとき、お母さんが「加古川じゃなかったら千葉県の市原でも行くつもりやったよ。」というと笑っていました。

 刑務官の方から面会時間は10分ですと言われ、「えっ、短すぎる」と私とお母さんが同時に声を上げました。すると刑務官の方は「今日は面会が多いのですみません」と丁寧に説明してくれました。
 たった10分でも、お父さんの元気な顔が見え、会話ができたことで、うれしい気持ちになりました。

 お父さんは11月11日に加古川に来て、いま、入所時の訓練をして入るそうです。他の人に較べて自分が一番のろまだと笑っていました。他の人たちとも会話ができるようになって、声を出せることが一番うれしいようでした。
 訓練期間中は手紙を書くことも、本を読むこともできないようですが。それでも元気そうなお父さんと会うことができてうれしかったです。
 10分間はあっという間にすぎてしまいました。 往復9時間かけて10分の面会時間でしたが、お父さんに会えて私とお母さんは安心して高知に帰ることができました。

 いろいろと手配をしてくれた会長さんはじめ支援者の皆さんありがとうございました。また、たくさんのご訪問者の皆さんからコメントを頂てありがとうございます。これからもお父さんのことをよろしくお願いします。

お互いの気持ち

イメージ 1

今日、お父さんの友人の方とお母さんと3人で2度目の面会に行ってきました。
前回初めて行った時とは気分も違い、朝から私たちは「何着て行こうか?」とウキウキでした。

今回はほかの方への面会も多かったからか、少し待ち時間もありその間もお父さんへの報告や、話すことなど考えながら警備の方に番号を呼んでもらえるのが待ち遠しかったです。
お父さんからの手紙で坊主頭になったのを聞いていたけど、今まで見た事無かったので想像することができず、呼ばれた部屋へ3人で入ると、さっぱりと短くなっておりとても似合っていたので思わず、
「お父さん似合っちゅう!かっこえいやん!」と逢えた嬉しさもありはしゃいでしまいました。

それからは、手紙は手元に届いてるか?差し入れした本は読めているか?今日はご飯何食べたのか?等次から次へと話したいことが出てきて、お父さんもそれに対して話してくれていたんですが、声の調子が良くないように感じたお母さんが「風邪でも引いたの?」と聞くと「中で話すことがないから、のどの調子が悪く声が出しにくい」、「大きな声でわっと声を出したい。」と言われていました。

手紙はちゃんと届いて見ることができており、差し入れした本は、内容が難しく何度も前を読み返しては読んでいるから前に進まないようで笑いながら話してくれました。
中でいい食事があったと話してくれたので何か聞くと、「ラーメン」と言われ私たちがいつもと変わりない食事を食べている事を考えると、「おとうさんごめんね。」と言う気持ちでいっぱいでした。

私たちが聞きたい事を聞くと、私が免許取りに行ってる話や、「新聞配達は調子いいか?」「みんな家に訪ねてきてくれているか?」「いつも3時頃には目が覚めて、今頃二人起きて新聞配達しに行って、帰ってきてから犬の散歩に行って、朝ご飯食べて・・と時間にそっていつも思いゆう」と一緒に過ごせないお父さんの気持ちと、私たちを離れてても思ってくれている気持ちを感じるとまた涙がこみ上げてきて、涙
の粒を落とさないようにこらえるのに必死でした。

中での生活は最初の3日間は1年いるかのように辛く長いものだったそうですが、今では慣れてきたそうです。私たち家族の写真を部屋に置きいつも眺めているといってました。

刑務官の方が先に立ち上がり、お父さんはまだその場から動かず私たちもいつまでも顔を見ていたい気持ちでしたが、15分くらいの面会はあっという間で、今日も元気そうなお父さんの姿を見て安心して帰ってきました。
気にかけてくださっているみなさん。お父さんは大丈夫なので安心してくださいね。
これからも温かく見守っていてください。また報告します。

上記のはがきはこの間紹介しました、お父さんからのはがきです。

C:\Users\zassou1954\Documents\IMG_0004.jpg

手紙

昨日ポストの中を見ると見慣れた字で書かれたハガキが入っていました。
お父さんからです!!
宛名は何度も何度もボールペンでなどられており、お父さんの何とも言えない溢れる気持ちを感じました。差出人の住所・・・高知刑務所内。胸が苦しくなりました。
内容は、「毎朝、新聞配達ご苦労様です。私の方は、心配ございません。食事もおいしく夜もぐっすり眠っています。あーこ、頑張って車の免許を取って、おかんを助けてやってね!二人で食事十分取ってますか?夜は、晩酌してますか?早速ですが、今日は面会人の申告表に住所のところでみんなの番地がわかりませんので、知らせてください。(家によく来られている20名ほどの支援者さんの名前)くわしくおねがいします。」と先週の水曜日私たちが面会に行く直前までこの文を書いており、私達が帰ってから書いた続きが「今日面会に来てくれて、本当にうれしかったよ。面会の後、さっそく散髪がありまして、坊主頭になり若返りました。本の差し入れありがとう。お母さんがきてくれて、信じられなかった。嬉しかった。あーこが帰ってきてくれて本当良かった。OOOO君、OOOO(一緒にこの日面会に連れて行ってくれたお父さんの友人の方二人の名前)ありがとう。あーこ、おかん頼むぜ。二人で楽しく毎日遊んでよ。次回の面会楽しみにしてます!!」
書ききれない沢山の思いが、ハガキの隅々まで書かれている文字から感じました。
お父さんのこれを書いている時の気持ちを感じると、切なくて涙がこみ上げてきました。
私とお母さんはお父さんにさびしい思いを感じさせないよう、また手紙を書き来週逢いに行きます。

プロフィール

zas​*ou​*95​4

Author:zas​*ou​*95​4
このブログを通し、私の事件が単なる交通事故ではなく、冤罪事件であることを全国の皆様に知っていただきたいと願っています。

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