打ち合わせ

昨日、3月30日(火)再審請求をする為の本格的な打ち合わせの話し合いにいってきました。
 
高知市内で、午前中、ご支援していただいている県議に挨拶、今後の方針等お伝えし、昼過ぎ高知を後にし、
豊浜SAで、I:先生と合流、弁護士事務所に向かいました。
 
再審に向けての打ち合わせ、万全の状態で臨むための役割分担、すべて整いました。
 
今日は、13;10分から始まる、松山での民事で争っていた山本(愛媛白バイ事故)さんの
国賠訴訟の判決の日です、勝訴を願って傍聴に行ってきます。
 
判決後、18;:30分から20:30分仙波敏郎(元警察官)そして柳原三佳さんの講演会に出席してきます。
 

行楽日和

今日は、天気が良いので花見を兼ねて、家族全員でドライブに行ってきます。
昼からですが、娘の運転で少し遠出のドライブです。
 
おもいっきり楽しんできます、そんな贅沢もたまにはいいでしょう?
 
それでは行ってまいります、山菜とりも兼ねてです。
 
みかん、チョコも一緒にドライブです。
 

明日ぜひご覧ください。

 こんばんわ。
 
 今日は支援の会の幹部が集まり、これからの予定を話し合いました。
 
 帰ってきてから何かと忙しい毎日ですが、動きがあることは本当にありがたく毎日に張りがあります。
 
 本題に入りますが・・・
 
  明日、16時より関東ローカル番組にて特集番組があり「高知白バイ事件」も放送していただけますので
 
 みなさんお時間よろしかったら見てください。
 
 
  それとみなさんから集まりました、再審請求へ向けての署名ですがお陰さまで1万筆を超えました。
 
  再審請求は連休明けを予定しております。集まりました署名は再審請求と一緒に出します。
 
  引き続きみなさまからの署名のご協力をよろしくお願い致します。
 
    高知白バイ事件 再審請求署名活動中です よろしくお願いします

詳細はこちら → http://www.geocities.jp/haruhikosien/index.html

立食パーティー

昨日、3月25日(木)AM:4時30分、O:T君の車で自宅を出発高知駅に向かいました。
 
高知、6時発大阪行きの高速バスに乗る為の早出でした、支援する会のO:Tさんには、いつもお世話になっています、今回は二人が大阪での竣工記念パーティーに招待されたのです。
 
雨の中での出発、着なれぬ背広で鬱陶しい限りです、コンビニで、朝食を調達し
車の中で食事しながら高知駅に、6時きっかりに出発、途中二ヵ所トイレ休憩を挿み
10時45分大阪梅田駅、会場のホテルからの送迎バスに乗る為、大阪駅中央口に向かい、
11時20分に会場に到着、早く着いたので、先の講演会場に行き、
政治評論家Y:T氏の「民主党政治と参院選挙の展望」を聞きましたが、途中からなので理解できませんでした、私達を招待してくれたK:Aさんに挨拶、立食パーティー会場に向かいました。
 
私は生れてはじめての立食パーティーでしたので、見る物、聞くもの全て初物尽くしでした、
会場の広さに驚き、出席者の数の多さに驚き、全てに圧倒される中、衆議院議員の先生方、
地元の市議会議員の先生方、府議会議員の先生方の中に混じり、司会者の方から紹介され壇上に上がることになりました、「高知白バイ事故で冤罪にされ実刑判決を受け、一年四カ月の刑期を満期まで務め、出所して一ヶ月経ったばかりです、今、冤罪被害者の会として出席していただきました。」
沢山の方たちから、拍手を戴感激で胸が一杯になりました。
 
私は、「場違いな処にいるんじゃないろうか」と、心配していましたが温かい拍手を戴不安が解消され
気分の良いひと時を味わいました。
 
著名な作家の先生、弁護士の先生、衆議院議員、府議会議員、市会議員の先生方を紹介して戴
立食パーティーは、沢山の方たちとの交流を持つ場だと理解できました。
 
貴重な一日を設けてくれました、K:A様本当に有難うございました。
 
強行スケジュールでしたが、有意義な時間を過ごす事が出来、沢山の元気と、勇気を頂きました。
 
今後も、私なりに前向きに、真実を明らかにしていくため、沢山の方々の応援と、温かいご支援、
ご協力を力に、頑張っていきますのでよろしくお願い申し上げます。
 
 

あれから一ヶ月

今日、3月23日、8時30分出所してから、一ヶ月になりました、長く、辛い、受刑生活から早、一ヶ月、
信じられないぐらいの早さでした、まだまだ、体力は元の状態に戻っていませんが、
毎朝の新聞配達でのリハビリで、80%位回復しました、タバコは、お陰さまで止めることが出来ました
 
お酒も、徐々に慣らしていきたいと思っています、長い期間取り上げられていましたので、身体が直ぐには受け入れられないのでしょう、不思議な気分です。
 
長い間、安座の姿勢で過ごしていたので、骨が固まっているのか、和式のトイレにかがむ事ができません
毎日、時間をみて、妻とウォーキングで汗を流しています。
 
昨日、二年ぶりに墓参りに行ってきました、昨年は妻と、娘が墓周りの掃除をしてくれていたのできれいな状態を
保っていました、今年は、私がお墓をきれいに洗って掃除をし、父に、無事元気に帰ってきたことを報告し、
父の好きだった、お酒を供え、私も父と一緒に一献傾けました。
そのあと、妻の運転で、妻の実家に墓参りし、今も元気に農作業をしながら暮らしている
おとうさん、おかあさんに挨拶をし、充実した一日を過ごしました。
 
今後は、早く自動車免許を所得し、自分の運転で自由に行動し、そして、仕事を見つけて、妻と娘を、
安心させたいですね。
 
免許は、一日も早く取りたいので、自動車学校に行くことに決めました、
無駄なお金を使いますが仕方ありません、今までの免許は、自動二輪も、普通一種も、大型二種も全て一発で所得してきたので、今回学校に行くことにも、やぶさかではないでしょう。
4月1日は、原付免許の更新j時講習ですので、2日から行くことになります、何事にも一生懸命に頑張りたいと思っています、そうすれば、何かの答えが返ってくることでしょう。
 
自由になってからの、一ヶ月本当に早く、充実した毎日を過ごしました、今後も、一日、一日大事に頑張っていきますので、私達家族のことをよろしくお願い申し上げます。

歯医者

出所後、歯医者に三度通いました。
 
受刑中に抜けました上の歯二本、入れ歯でしたので本当に難儀しました、所内で購入できる(特別購入)入れ歯安定剤(ポリグリップS)で固定し、不自由な食生活を半年間過ごしました、所内での歯の治療は、順番制で私のような新参者には、なかなか治療するまでには至りませんでした。
 
出所後、落ち着きましてから3月10日(水)に、大雪の中愛媛県の行きつけの歯医者さんに行きました。
上の歯で唯一残されていた、一本の歯も抜歯、きれいさっぱりと無くなり、今までの入れ歯を、仮に調整していただき、その日は帰りました。
 
3月15日(月)雨の中、二度目の歯医者に行き、今度は下の歯を二本抜歯、
またまた仮の調整で帰ってきました。
 
毎日が、不自由な食生活です。
 
3月17日(水)快晴の気持ちの良い天気の中、上の歯の入れ歯の調整と、下の歯の入れ歯の調整です、
かみ合わせの具合、上の歯を固定するために時間がかかりました、そして、下の歯はといいますと
なんともう一本、抜歯しなくてはならないというわけです、ちなみに下の歯はまだ五本残っているので余裕です。
 
そんな訳で、今は歯の治療に専念している次第です。
 
車の免許も取らなくてはなりません、早く免許を所得し仕事につかなければと思いますが体がいくつあっても足りませんが、生きている喜びを感じながら充実した毎日を過ごしています。
妻や娘には申し訳ないですが、今しばらくは私の我儘に、付き合ってくれています。
 
次の歯医者は、3月24日(水)です、下の歯の抜歯ですが、早く上の歯の本歯が仕上がるのを心待ちしています
 
今日は、私の独り言に、付き合っていただき有難うございます。

私生活

出所から16日たち、少しずつ普段の生活を取り戻しつつありますが、488日という長い年月は
想像を絶するほどに、体力、筋力の衰えを感じ戸惑う毎日です。

受刑生活では、朝6:30分に起床、布団をたたみ整頓をし、洗顔、歯磨き、用便そして、朝の点検
服装を正し、正座をし、1号室から順番に、称呼番号(受刑者に付けられた番号)を大きな声で答えます

雑役係の二人による、食事の配食、整然と食事をし、食べ終わったら、食器を洗い、食器口に置き、
「着座」の号令、そして7:30分「作業始め」で一日が始まります。

奇数日は1号室から順番に36号室まで、新聞の閲覧、偶数日は逆に36号室から1号室と規則正しく
行われていました。

10:00には、運動時間(20分)雨天の時には居室内で、室内体操、ストレッチング、(20分)
月曜、金曜はお風呂というように受刑者に接してくれました。

12:00(昼食)12:30、「作業始め」、15:00「作業止め」、15:10「作業始め」
16:10「作業止め」、夕点検、夕食、食器を洗い、食器口に置き、16:40、余暇時間
冬の寒い季節には、17:00に、布団を敷き(暖をとる為)横になる、17:30から、FMラジオ放送が流れ、唯一の楽しく安らげる時間でした、21:00に就寝時間、一日の終わりです。
布団に横になる時間が、13時間余り本当に長い、長い時間でした。

今、現在の私生活からは考えられませんが、事実です。

人間にとって自由ということは、何よりもの贅沢だと感じます。

食事、用便、運動、就寝、そして、自由に会話が出来き、誰にも束縛されずに自分の思うままに行動できる喜びに、感謝しています。

毎朝の、新聞配達で、体力を取り戻し、一日も早く、普段の生活に近ずく努力をしていきます。

3月3日 事故から4年・・そして初孫との対面。

3月3日(水)、快晴の中、妻と娘と3人で、事故現場に花を手向けに行きました。


昨年は、私は立ち会うことが出来ず、妻と娘の2人でしたが今年は、3人で花を手向けることが出来ました、会長さんと、OTさん達と現場で合流し、ご冥福を祈らせていただきました。

その足で、豊川に居る、長男のところに行くために、初めて、岡山から新幹線に乗り名古屋、
乗り換えで、豊川駅にPM6:00過ぎに着き、タクシーで10分、やっと長男夫婦のアパートに、到着
そして、そして、待望の孫との対面を実現することが叶いました。

生まれて丁度一週間、元気な泣き声に迎えられ、三人共、嬉しさに声も出ないほどでした、
2800gでの早産でしたが、小さいながらも一生懸命、私達に愛嬌を振りまいてくれたようです。


子供と、孫とは可愛さが違うと、言ってましたが初対面での感動の中でしたので、とにかく可愛いの一言です。あやちゃんはよく頑張りました。二人には感謝です。
こんなお爺ちゃんですがよろしくです。

その後、あやちゃんのお父さん、お母さんと、二年ぶりの再会、8人でのささやかな出所祝いの中
楽しい一夜を過ごすことが出来ました、今日の主役は、言うまでもなく、勿論孫でした。

みなさん毎日ブログを見に来てくださいまして本当にありがとうございます。
一人一人にコメントの返事を毎回打ちたいんですが、慣れないもので早く打てませんが私なりに頑張ります。これからもご支援よろしくお願いします。

高知白バイ事件 再審請求署名活動中です よろしくお願いします

  詳細はこちら → http://www.geocities.jp/haruhikosien/index.html

初孫

私達に、新しい家族ができました。

昨年、7月の終わりに、息子夫婦からの便りで、子宝に恵まれたことを知りました。
不安で、心細い毎日を過ごしていた私には本当に力になりました。
殺風景な生活に、光と勇気を与えてくれました、会長の車で妻と娘が、毎月面会にきてくれていましたが
8月からの面会からは、まだ見ぬ初孫の事が話題の中心に、なったことは言うまでもありません。

その時から、過酷で長い毎日に、希望という一条の光が差してきました。

初孫のためにも、元気に頑張ろうという生きがいを感じ、辛かった毎日が嘘のように消え去り、気力が
身体の奥底から湧いてきました。

10月30日、息子夫婦と、二男が面会に来てくれ、息子のお嫁さんが、「お父さんに、見てほしい」と大きなお腹を見せてくれました、「赤ちゃんが元気に動いている」嬉しそうに話してくれました。

それからは、一日、一日が早く充実した生活を送ることができました。

H22年2月24日(水)に、支援をする会主催、私達家族を慰労する為、会長の経営する旅館で、
香川県から、弁護士先生、I先生、高知から、Uさんと3名の方々、udonさん、Kさん、地元の方々、
約50名位の方々が、祝ってくれている最中、宴半ばを過ぎるころ、

1本の電話・・・

長男からの吉報でした、21:40分、2800gの元気な男の子誕生の知らせでした。
皆に、その場で報告することができ、喜びを分かち合え、私たちは待望の初孫の誕生を迎え
晴れてじいちゃん、ばあちゃんになりました。


予定日より10日早く誕生しました、元気な産声を上げ私たちに希望と、勇気そして、明るい未来を予見することでしょう、早く逢いたいものです。

プロフィール

Author:zas​*ou​*95​4
このブログを通し、私の事件が単なる交通事故ではなく、冤罪事件であることを全国の皆様に知っていただきたいと願っています。

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