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10年

私たち家族にとっての10年は、地獄の10年でした。

長く辛く耐えがたい10年、当時の中学3年生も
25歳になり、立派な社会人、教師:主婦:たくましく生きています!

私たち家族は、今も戦っています。

10年の間、長男の結婚、孫の誕生、孫の死、義兄の死、義母の死
本当にこんなことがあるのでしょうか?

その中でも、孫の死は、堪えました、これ以上の悲しく辛いことはないでしょう。

今日、事故現場に花を手向けに参ります。

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たくましく走る

 今月で10年になり、この日は、あの地震から5年です。
 もっと以前、JR四国バスが高知市~松山間を高速バスではない長距離バスをしてた国道33号線を短縮の道路が、あの地震の翌年にできたが、長距離バスは復活されません。
 復活すれば、高知市西部や佐川で、松山に行くのは既存の高知市発の高速バスより優位になるでしょう。
  だが、長距離バスは新幹線と乗継のためではないが、あの地震の被災地の気仙沼は東北新幹線と乗継の長距離バスを考えられそうで、くりこま高原駅までです。そこまでできそうな予測します。
 既存の高速バスを気仙沼発・仙台行は乗務員の人手不足で減らすので、くりこま高原までであれば、気仙沼からすぐなので、それから、新幹線に乗継いで、仙台や関東に行くためです。すると、仙台まで高速バスは耐えがたくて人手不足にもなってるので、それほど距離が長くない、くりこま高原まで、すぐ着くのを行き来のためです。

> 長く辛く耐えがたい10年、当時の中学3年生も
> ...たくましく生きています!

 それほど、バスの距離を長くしないのはバスもたくましく走るためです。
 そう走るためにも、車体の強度が強いバスをJR東日本に製造を私が提案してます。
 提案だけではなく、バスの事故の訴えが認められるために私は走ってます。
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q12154746207
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Author:zas​*ou​*95​4
このブログを通し、私の事件が単なる交通事故ではなく、冤罪事件であることを全国の皆様に知っていただきたいと願っています。

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