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加古川刑務所にて

 お父さんが高知刑務所から別の場所に移されたのが11月11日のことでした。その日から何の連絡もないので、私達は不安で心配な日々をすごしていました。でも我慢できなくなって、高知から一番近い交通刑務所へ、そこにお父さんがいるかいないかもわからないけど、とにかく会いに行ってみようという事で、昨日兵庫県の加古川刑務所へいってきました。支援する会の会長さんが、私と母を乗せていってくれました。

 朝7時に出発して、途中の車内。行っても居るかいないかもわからないし、居たとしても会えるかどうかもわからない。でも、お父さんの話をしていると会いたい気持ちはつのる一方でした。片道4時間半をかけて刑務所に着きました。その時の印象は全然刑務所という雰囲気もなく、自衛隊の駐屯地といった感じに似ていました。(弟が自衛隊に居るのでよく行っていました)

 時間がお昼だったので、食事をしてから面会手続きをすることになりました。面会申し込みの方法は高知の時と同じでしたが、申込書を渡す時に、ここにお父さんが居なかったらどうしようと不安でした。

 番号札をつけて、面会待合室に向かいました。そこはとてもきれいな建物で、まるで病院の待合室のような雰囲気でした。そこで待っていると私達3人は別室に案内されました。会議室のようなところへ案内されて、刑務所の方からいろいろと説明を受けました。

「せっかく遠いところから来られたんですが、高知に居る時に一度娘さんと奥さんは面会しているので、11月の面会は今日が最後となります。また、片岡さんはこちらに来られてから間もないので、友人の方(会長さん)は面会できません。片岡さんはこちらに居られますので、元気な顔を見て帰ってください。」と言われました。

 お父さんはここに居るんやと言う気持ち、会えるという気持ち。そして、遠くまでつれてきた来てくれた会長さんが会えないという申し訳ない気持ちで涙がこみ上げてきました。

 待合室に戻り、30分くらいすると私とお母さんの番号が呼ばれ、面会室に入りました。お父さんは丸坊主にした自分の頭をかきながら恥ずかしそうに面会室に張ってきて、椅子に座りました。
「どうやってここまで来た?遠かったやろ?」など、私達が面会に来たことをとても驚いていました。目に涙を浮かべながらもうれしそうでした。「どうしてここがわかった?」ときかれたとき、お母さんが「加古川じゃなかったら千葉県の市原でも行くつもりやったよ。」というと笑っていました。

 刑務官の方から面会時間は10分ですと言われ、「えっ、短すぎる」と私とお母さんが同時に声を上げました。すると刑務官の方は「今日は面会が多いのですみません」と丁寧に説明してくれました。
 たった10分でも、お父さんの元気な顔が見え、会話ができたことで、うれしい気持ちになりました。

 お父さんは11月11日に加古川に来て、いま、入所時の訓練をして入るそうです。他の人に較べて自分が一番のろまだと笑っていました。他の人たちとも会話ができるようになって、声を出せることが一番うれしいようでした。
 訓練期間中は手紙を書くことも、本を読むこともできないようですが。それでも元気そうなお父さんと会うことができてうれしかったです。
 10分間はあっという間にすぎてしまいました。 往復9時間かけて10分の面会時間でしたが、お父さんに会えて私とお母さんは安心して高知に帰ることができました。

 いろいろと手配をしてくれた会長さんはじめ支援者の皆さんありがとうございました。また、たくさんのご訪問者の皆さんからコメントを頂てありがとうございます。これからもお父さんのことをよろしくお願いします。

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このブログを通し、私の事件が単なる交通事故ではなく、冤罪事件であることを全国の皆様に知っていただきたいと願っています。

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